新規事業検討を任されたら、最初に何をすべきか——PMFという考え方

考え方・書籍情報

📋 この記事でわかること

  • ✅ なぜ「調査から始める」と新規事業は行き詰まるのか
  • ✅ PMF(プロダクトマーケットフィット)とは何か、実務でどう使うか
  • ✅ 大企業の新規事業・R&D担当者が陥りやすい落とし穴と乗り越え方
新規事業を成功させる PMFの教科書

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はじめに

新規事業の検討を担当することになったとき、最初に何をしましたか?
競合他社の商品やサービスをひたすら調べたり、とりあえずアンケートを取ってみたり——どれも間違いではありません。私自身も、同じことをやりました。

でも正直に言うと、そのどちらも「何かをやった気になっただけ」で、事業の方向性はちっとも定まりませんでした。

新規事業の最初の壁は、アイデアの質でも、調査の量でもありません。「何を、誰のために、なぜ作るのか」が定まっていないことです。

この記事では、その問いに答えるためのフレームワーク「PMF(Product-Market Fit)」の考え方を、実務に使える形でお伝えします。

1|なぜ「調査から始める」と行き詰まるのか

新規事業の担当になると、多くの人がまず「情報収集」から入ります。競合調査、市場規模の試算、トレンドレポートの読み込み——これらは必要な作業ですが、順番を間違えると大きな落とし穴になります。

なぜか。調査は「すでにある市場」を見るための道具だからです。

既存の競合を調べれば調べるほど、知らず知らずのうちに「競合と似たもの」を発想の起点にしてしまいます。アンケートを取れば、回答者は「現在の自分の生活」を基準に答えるため、まだ存在しない価値への需要は見えてきません。

具体例で考えてみましょう。

乾燥肌に悩む人向けの新しいクリームを開発するとします。競合調査をすれば「保湿力の高さ」「価格帯」「容量」といった比較軸がずらりと出てきます。アンケートを取れば「もっとしっとりするものが欲しい」「コスパが良いものが良い」という回答が集まります。

でもここで立ち止まって考えてほしいのです。その人は本当に「クリーム」が欲しいのでしょうか?

実際にユーザーに深く話を聞いてみると、こんな声が出てくることがあります。「朝のスキンケアが面倒で、結局塗り忘れてしまう」「オフィスで乾燥が気になるけど、化粧の上から使えるものがない」——これらは、アンケートの選択肢には現れない課題です。

たとえば花王のソフィーナは、化粧の上からでも使える保湿スプレーを展開しました。開発の経緯は詳らかではありませんが、結果としてクリームやローションという既存カテゴリーにはなかった新しい価値を生み出しています。「どんな商品を作るか」より先に「誰のどんな不便を解消するか」を考えると、こういったアプローチが生まれ得るという一例です。

では、「課題起点」が実際にどれほどの力を持つか。より鮮明な事例を見てみましょう。

ロート製薬の「肌ラボ 極潤」は、ヒアルロン酸を高配合したことで生まれる「ベタつき」が、アンケートではネガティブな評価を受けていました。改善すべき欠点、として扱われていたのです。

ところが、実際のユーザーを招いたインタビューで、ある顧客がこう語りました。「手に頬がくっつくくらいベタつくのが、保湿の証拠だと思っている」と。

チームはこの一言を起点に戦略を転換しました。「ベタつき」を欠点として隠すのではなく、「しっかり保湿できている証拠」として前面に打ち出したのです。結果として売上は大きく伸びました。アンケートでは「改善すべき問題」として埋もれていたものが、深いインタビューによって「最大の強み」へと生まれ変わった瞬間です。

イノベーション研究で有名なクレイトン・クリステンセンが指摘したように、顧客は自分が本当に必要なものを言語化できないことがほとんどです。「もっと速い馬が欲しい」と言っていた時代に、自動車の需要をアンケートで掴むことはできなかったわけです。

つまり、調査が悪いのではなく、「誰の、どんな課題を解くのか」という仮説を持たずに調査を始めることが問題なのです。

2|PMFとは何か——「売れる理由」を最初に見つける考え方

PMF(Product-Market Fit)とは、一言で言えば「この商品は、この市場に本当に必要とされている」という状態のことです。

スタートアップの世界では有名な概念ですが、難しく考える必要はありません。「作ったものが、特定の誰かの課題をちゃんと解決できている」という状態を目指す、それだけのことです。

逆に言えば、PMFが達成できていない状態とは何か。それは、「作ったけれど、誰もそれを本当には必要としていなかった」という状態です。機能は揃っている、品質も悪くない、でも売れない。新規事業でよく見る「なぜかうまくいかない」の正体は、多くの場合ここにあります。

「良いものを作れば売れる」という思い込み

大企業の新規事業でよく起きるのが、「とにかく良いものを作ろう」という方向への全力投球です。技術力があり、品質管理も厳しく、開発費も十分にある。だからこそ、「作る力」への自信が「誰のために作るか」という問いを後回しにさせてしまいます。

でも考えてみてください。どれだけ高品質な乾燥肌向けクリームを作っても、そもそも「クリームで解決したい」と思っていない人には届きません。品質の問題ではなく、「誰の、どんな課題に刺さるか」が定まっていないことが根本の問題なのです。

PMFの考え方は、この順番を逆にします。

【従来の発想】 良いものを作る → 市場に出す → 売れるか試す 【PMFの発想】 誰の課題か定める → 解決策を小さく試す → 刺さったら育てる

「市場」とは何か——絞ることの重要性

PMFでいう「市場(Market)」は、「全国の乾燥肌の人」のような広い概念ではありません。「30代の働く女性で、オフィスでの日中の乾燥に悩んでいるが、メイク直しの時間が取れない人」のように、課題と状況が具体的に定まった人の集まりです。

最初から広い市場を狙おうとするほど、メッセージは薄まり、誰にも刺さらなくなります。PMFは「まず特定の誰かに深く刺さる」ことを最初のゴールに置きます。絞ることは諦めではなく、戦略的な選択です。

「Fit(適合)」しているかどうかは、数字と感覚の両方でわかる

PMFが達成できているかどうかは、ある程度感覚でも掴めます。顧客が「これ、友人にも勧めたい」と言い始める。解約や離脱が少なくなる。「もしこの商品がなくなったら困る」という声が出てくる——こういった反応が自然に生まれてきたとき、PMFに近づいているサインです。

逆に、割引や営業努力でなんとか売れている状態は、PMFとは言えません。「引っ張って売っている」のではなく「引き寄せられて買われている」状態、これがFitの感覚です。

PMFの根幹にあるもの——私がこの考え方に惹かれた理由

PMFには様々なフレームワークや手法があります。ただ私自身は、それらの手法より前に、ひとつの思考習慣こそがPMFの根幹だと考えています。

それは、「顧客の課題を探し続けること」です。

仮説を立てて、検証して、また仮説を立て直す。この繰り返しを「面倒な作業」ではなく「事業の中心に置くべき営み」として捉えられるかどうか。ここが、うまくいく新規事業とそうでない新規事業の、最初の分かれ道だと思っています。

どれだけ優れたフレームワークを知っていても、「まず顧客の課題を深く理解しようとする姿勢」がなければ、ツールは機能しません。逆に言えば、この姿勢さえあれば、フレームワークを完璧に使いこなせなくても、事業は少しずつ正しい方向に進んでいきます。

PMFとは、手法である前に、「顧客起点で考え続ける」という思考の型なのだと、私は理解しています。

3|PMFの考え方で変わる「最初の一手」

PMFという考え方を知ったとき、多くの人がこう思います。「なるほど、顧客の課題を理解することが大事なんだな」と。ではその「理解」は、具体的に何をすることなのか。ここが実務の核心です。

まず「仮説」を持つことから始める

最初にやることは、調査でも資料作りでもありません。「おそらくこういう人が、こういう課題を持っているのではないか」という仮説を言葉にすることです。

仮説の粒度はこのくらいが目安です。

[仮説の例] ・対象:30代の働く女性 ・状況:オフィスで日中に乾燥が気になる ・課題:メイクを崩さずに保湿したいが、手段がない ・現在の行動:我慢しているか、パウダーで誤魔化している

この仮説が正しいかどうかは、この時点ではわかりません。それで構いません。仮説は「当てるもの」ではなく「検証するためのもの」だからです。仮説がなければ、何を確かめればいいかもわからないまま調査が始まってしまいます。

次に「顧客に会いに行く」

仮説ができたら、次は実際にその課題を持っていそうな人に話を聞きに行きます。ここで多くの人が躊躇します。「まだ商品がないのに聞きに行っていいのか」「何を聞けばいいのかわからない」と。

聞くべきことはシンプルです。

・その課題は実際に存在するか ・今はどうやってその課題に対処しているか ・その対処法のどこに不満があるか ・もし解決策があるとしたら、どんな形が理想か

商品の感想を聞くのではありません。相手の「生活の文脈」を理解することが目的です。ロート製薬の肌ラボが「ベタつき」を強みに転換できたのも、商品への評価を聞いたのではなく、顧客がその商品をどう意味づけているかを聞いたからです。

「小さく試す」が大企業では難しい理由と、その乗り越え方

スタートアップのPMF論では「まず小さく試せ」とよく言われます。ただ、大企業の新規事業担当者にとって、これは簡単ではありません。承認フロー、品質基準、ブランドへの影響——様々な制約が「小さく試すこと」を難しくします。

ただ、「小さく試す」の本質は、「お金と時間をかける前に、課題と解決策の方向性を確かめること」です。実際の商品を作らなくても、確かめることはできます。

・課題の仮説を確かめるだけなら、インタビュー5〜10人で十分な示唆が得られます ・解決策の方向性を確かめるなら、手書きの資料やモックアップを見せて反応を聞く方法があります ・「お金を払うか」を確かめるなら、LP(ランディングページ)を先に作って反応を見る方法もあります

完璧な商品を作ってから市場に出すのではなく、「この方向で合っているか」を確かめながら進む。これがPMFの発想を実務に落とし込む最初の一手です。

「仮説→検証→学習」を回す

最初の仮説が外れることは、むしろ普通のことです。大事なのは、外れたことを「失敗」と捉えず、「学習」として次の仮説に活かすことです。

仮説を立てる  ↓ 顧客に当てて確かめる  ↓ 学んだことを整理する  ↓ 仮説を修正・深化させる  ↓ また確かめる(繰り返す)

この繰り返しの中で、「誰の、どんな課題を、どう解くか」が少しずつ解像度を上げていきます。新規事業の初期において、この回転数こそが最も大切な指標です。

4|大企業の新規事業に応用するときの注意点

PMFの考え方はスタートアップで生まれた概念ですが、大企業の新規事業にもそのまま使えます。ただし、いくつか注意しておくべき「大企業特有の落とし穴」があります。

落とし穴①|「社内承認」が目的化する——だからこそ顧客の声が最強の武器になる

大企業では、新規事業を進めるために社内プレゼンや稟議が必要です。ここで起きやすいのが、「顧客に刺さる事業を作ること」より「社内を通ることのできる資料を作ること」が目的になってしまうという逆転現象です。

しかし、ここで視点を変えてみてください。顧客インタビューで集めた「生の声」は、社内承認を通すうえでも最も強力な材料になります。

市場規模の数字や競合分析は、誰でも資料として出せます。しかし「実際に話を聞いた顧客が、こう言っていた」という一次情報は、他の誰も持っていません。「5人に話を聞いたところ、全員が同じ不満を口にした」「モックアップを見せたら、3人が『いくらですか』と聞いてきた」——こういった具体的な顧客の言葉は、どんな市場調査レポートよりも意思決定者の心を動かします。

社内を説得しようとするとき、多くの人は「きれいなロジック」を組もうとします。しかし経験上、意思決定者が最も揺さぶられるのは、顧客の生の言葉です。顧客インタビューは、事業の方向性を確かめるためだけでなく、社内の壁を突破するための材料を集める行為でもあります。

だからこそ、「顧客に会いに行くこと」を後回しにしてはいけません。インタビューを重ねるほど、事業の解像度と社内説得力が同時に上がっていくのです。

落とし穴②|既存ブランドの「重力」に引っ張られる

大企業には既存の強いブランドや事業があります。それ自体は強みですが、新規事業においては「既存事業の延長線上でしか考えられなくなる」という引力として働くことがあります。

「うちの会社らしくないといけない」「既存顧客を裏切ってはいけない」——こういった制約が、新しい顧客層や新しい課題への踏み込みを無意識に妨げます。

PMFの観点から言えば、新規事業の初期において「会社らしさ」より「顧客の課題」を優先することは、理にかなった判断です。まず課題と解決策のFitを確かめてから、ブランドとの整合性を考える順番が正しいのです。

落とし穴③|「大きな成功」を最初から求めすぎる

大企業では、新規事業に対して「既存事業を超えるスケール」を最初から求めるケースがあります。しかし、PMFは本質的に「小さく深く刺さること」から始まります。

最初から大きな市場を狙うと、ターゲットが曖昧になり、誰にも深く刺さらないまま「なんとなく売れない」状態に陥ります。小さな市場で深くFitさせてから、徐々に広げていく——これがPMFを活用した事業成長の正しい順番です。

5|実はR&Dや商品開発にも使える話

ここまで「新規事業」の文脈でPMFを説明してきましたが、同じ考え方はR&Dや既存商品の開発現場にも応用できます。社内の開発部門や研究チームと協働する立場からも、知っておいて損はない視点です。

研究テーマ設定への応用

R&Dにおける「市場(Market)」は、顧客だけではありません。「この研究成果を必要としている人や場面」と置き換えることができます。

研究テーマを設定するとき、「技術的に面白いから」「前例があるから」という理由で走り出すと、完成した技術が誰にも使われないまま終わることがあります。これは新規事業における「売れない商品を作り続けた」状態と本質的に同じです。

PMFの発想を研究テーマ設定に当てはめると、こうなります。

・誰が(どの現場・どの患者・どのユーザーが) ・どんな課題を持っていて ・今の技術や商品ではなぜ解決できないのか

この問いを研究の入口に置くことで、「技術起点」から「課題起点」への転換が起きます。ロート製薬が「成分ありき」ではなく「お客さまの悩み」を出発点とした開発哲学を持っているのも、同じ思想です。

新商品開発への応用

既存事業の商品開発においても、PMFの「仮説→検証→学習」のループは有効です。特に役立つのが、「なぜ今の商品が選ばれているのか」を深く掘り下げる場面です。

肌ラボの「ベタつき」の事例がまさにそうでした。アンケートで見えていた「改善すべき欠点」が、インタビューによって「最大の強み」へと転換した。この視点は、リニューアル開発や派生商品の企画にも直接活きてきます。

新規事業担当者がPMFの考え方を身につけておくと、社内のR&D・開発部門と会話するときに「課題起点」という共通言語を持てるようになります。事業と開発が同じ方向を向いて動く組織は、それだけで強い。PMFはそのための橋渡しにもなり得る考え方です。

まとめ|最初の一歩は「誰かの課題を探しに行くこと」

新規事業を任されたとき、完璧な計画は必要ありません。必要なのは、「誰かの課題を探しに行く」という最初の一歩です。

✅ この記事のまとめ

・調査は悪くない。ただし「誰の課題を解くか」という仮説なしに始めると、方向を見失う
・PMFとは「作ったものが、特定の誰かの課題をちゃんと解決できている状態」のこと
・最初にやるべきは、仮説を言葉にして、顧客に会いに行くこと
・大企業では「社内承認の目的化」「既存ブランドの重力」「大きな成功への期待」が落とし穴になりやすい
・しかし顧客インタビューで集めた生の声は、事業の方向性を定めると同時に、社内承認を通す最強の材料にもなる
・PMFの考え方はR&Dや商品開発にも応用できる

新規事業の成否を分けるのは、アイデアの質でも資金の量でもありません。「顧客の課題を探し続ける姿勢を、どれだけ早く・深く持てるか」です。

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